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引き継ぎ

 

「中林芳尋と申します!」
僕は元気よく挨拶する。人間、第一印象が大事。
しかし、周囲の反応は微妙だ。沈黙が当たりを包む。
「先生、こいつに大林の代わりが務まるのか?」
「さあ、僕にはわからないね。」
その人、明石探偵は気怠げに答える。
「興味があって洞察力のありそうな人材が彼だった。それだけの話だ。」
「へぇー。それじゃあちょっと不安だあな。」
なんだか信頼されてないみたいで非常に残念。
「それじゃあさ。テストしてみようか。」
傍らにいる男が問いかけてきます。
「俺は昨日から寝ずに服装も変えていない。なので判断材料はたくさんある。」
「だから昨日の晩、俺が何をしていたか当ててみろ。」
なるほど、中々の難問です。
だがしかし、やってみせようじゃありませんか。探偵助手の第一歩です。
彼はスーツを着ています。ポケットの突起はきっと煙草の箱でしょう。
スーツは煙草の匂い以外はどんな臭いがするでしょうか・・・?
・・・わかりません。きっと先ほど吸ってきたのでしょう。中々意地悪です。
香水などの匂いの種類でだいたい行き先は判断がつくのですが・・・。
気を取り直して他の材料を探しましょう。
彼の靴は汚れていません。移動手段が車だったのでしょう。
ということはある程度高級な会場なのでしょう。ホテルとか。 
・・・現在ある情報だと、なかなか難しいです。ここから正解を逆算していくことにしましょう。
その時、ふと彼の胸元に視線が行きました。

「・・・わかりました。」
どうぞ?と先を続けるような表情を男はします。むかつきます。
「スーツ姿で革靴に汚れがないことから、ホテルやレストランなどの場所に行っていました。」
ここからが本番です。
「でも、嘘ですよね。服装は変わっています。」
明石探偵は眉根を動かしました。
「スーツ姿というのは事実ですが、装飾品が一個減っていますよね。」
すっと息を吸うと一気に言います。
「ポケットチーフ。胸ポケットに入れる布です。」
「そのスーツ自体は新しいのに、胸ポケットが開いているように見えました。」
「つまり最近まで何かを入れていた。よって装飾品の存在が明らかになります。」
「ですのでレストランは除外。全部は否定できませんがホテルのほうが公算が高いと思います。」
「ホテルで行われる、フォーマルでお祝い事の式。つまり、」

「あなたは昨晩、結婚式に出席していました。」

「・・・伴野だ。」
男は握手を求めてきます。それに応えると、彼は振り向いて言いました。
「明石先生。こいつの合否はどうだい?」
その質問にただ一言、明石探偵は言いました。
「ようこそ、明石探偵事務所へ。」

 

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